知里幸恵資料室パノラマ写真 【パノラマ写真の小径】北海道美瑛町を中心に日常の風景・出来事をフルスクリーンパノラマ(QTVR|Flash)でご紹介!

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知里幸恵資料室

知里幸恵 [ちりゆきえ](1903年6月8日 - 1922年9月18日)

1903(明治36)年生まれ、北海道登別市出身のアイヌで『アイヌ神謡集』の編訳者。
祖母がユーカラクル(ユーカラを謡う人の意)であった知里幸恵は、アイヌ語に堪能で、失われつつあるアイヌの文化を後世に伝えるべく『アイヌ神謡集』を書き上げたが、心臓病のため、19歳の若さで死去。

幸恵は19年という短い生涯のうち,6才から19才までの約13年間を旭川で過ごしました。その彼女が旭川で生活していた場所が、現在の旭川市立北門中学校のあるところです。
このことを後世に伝えるために、学校関係者はもとより地域の方々の協力のもと、1990年(平成2年)には校舎前庭に「知里幸恵文学碑」が建立され、1997年(平成9年)には校内の一角に「郷土資料室」が、そして2007年(平成19年)に「知里幸恵資料室」が整備されたとのことです。

「その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。・・・・・」

※アイヌ神謡集冒頭の物語「梟の神の自ら歌った謡」の有名な書き出し

略歴

◆大正時代のアイヌ文化伝承者。北海道幌別生れ。
  旭川区立女子職業学校卒業。
  死後、1923年(大正12年) 「アイヌ神謡集」出版。
  北海道幌別のアイヌ村長(コタンコロクル」の家柄。
  知里高吉の長女、母はナミでユーカラの語り手金成(かんなり)マツの妹。
  知里高央(たかお)・知里真志保(ましほ)の姉。
  金田一京助の家に寄寓しているときに急死。

1903年 登別に生まれる。
1907年 弟、高央が誕生。
      この頃、祖母モナシノウクと2人暮らしを始める。
1909年 弟、真志保(アイヌ言語学者)誕生。
      旭川へ転居し、金成マツと祖母と3人暮らしを始める。
1910年 小学校入学。
      9月にはアイヌの児童が集まる小学校が開校しそこに移る。
1917年 旭川区立女子職業学校へ入学。
1918年 金田一京助と出会う。(彼女:15歳の運命の出会い)
1922年 5月、東京の金田一宅に住み始めるが9月に亡くなる。
1923年 没後「アイヌ神謡集」(東京郷土研究社)が出版される。
1975年 東京から登別に改葬される。


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知里幸恵

旭川市立北門中学校

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知里幸恵資料室

知里幸恵文学碑平成19年(2007)に校舎内に整備された資料室。

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郷土資料室

北門中学校当時を偲ばせる貴重は資料が揃っています。

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知里幸恵資料室

知里幸恵資料室幸恵の貴重な写真や資料が展示だれています。

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郷土資料室

郷土資料室平成9年:校内の一角に設けられた「郷土資料室」。

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美瑛町

美瑛町

四季折々の美しい丘陵風景の広がる「丘のまち びえい」
国内最大の大雪山国立公園の麓に広がる美瑛町は北海道の人気スポットです。

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旭川市

旭川市

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東川町

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「写真のまち ひがしかわ」は道内最高峰【旭岳】を有する美しい自然の広がるところ。
その景観に見せられ本州からの移住者も増えています。

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札幌市

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北海道後志支庁小樽は、札幌から約40㎞西に位置する。

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その独特の顔つきのラッセル車を見に、三菱石炭鉱業大夕張鉄道「南大夕張駅」へ向かいました。

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